作者kevingareet (邓丽君板成立)
看板TeresaTeng
标题[讨论] 邓丽君的秘密写真
时间Sun Aug 24 00:23:40 2008
不太清楚里面在写什麽...
テレサ・テンの秘蔵写真を世界初公开
ここにはじめて公开する写真は、彼女が最後の住処としたパリのマンションで、しか
もベッドの枕元に贴られていたものだ。私がテレサ・テンの取材をはじめたのは1992年
。亡くなる半年ほど前に最後の来日となった仙台で会ったとき、私は彼女の人生を书き
たいと正式に申し入れた。「光栄です」。テレサはこう语った。実はこの写真には多く
の谜が隠されている。私はいまこの1枚の写真を手がかりに彼女の人生を缀りつつある
。
テレサ取材日记(パリ编)
私がテレサの遗族の连络を受けてパリへ向かったのは98年5月のこと。マンションを売
却するので、その前に内部を见ておいてほしいという。ここに现地で记した日记の一部
を绍介する。なお公开を前提にしたものではないのでまったく推敲されていないことを
お断りしておく。「注」という表记で最小限の説明を加えた以外は当时のままだ。
5月18日
昨日4时30分ごろパリ着。
空港からタクシーでナポレオンホテルへ。荷物を置いてホテルのまわりを歩く。すぐ
横が凯旋门。夜から広冈さん、通訳をしてくれる小林さんと打ち合わせ。今日は朝9时
から行动。ジム・テン(注、テレサの弟)から闻いていたリン・チェンさん(テレサの
荷物を动かす役割の人)がつかまらず。弁护士を通じて分かったことは、ロアール城へ
と観光。仕方なくテレサが通った「富春酒家」。店主に话を闻き、息子にも话を闻くが
、大した成果なし。朝から凯旋门に登って、カルチェ・ラタン、ルーブル博物馆とまさ
しく観光だ。テレサが住んでいたマンションをながめたりしつつ、あるいはルーブルの
ミケランジェロなどを见ていて考えたのは、今回の本は羽仁さん(注、歴史家の羽仁五
郎。1901~83)が「ミケランジェロ」を书いて时代を书いたように、テレサを通じて时
代(中国ー台湾ー日本関系)を书くことだと固まってきた。
夜は一人放り出される格好になったので、ブラブラしつつホテル近くのレストランへ
。すべてフランス语でさっぱり分からず。适当に注文して、でもおいしかった。21日に
は时间ができそうなので、何とかランボー(注、诗人。1854~91)の生まれたシャルル
ロワ(ベルギー)へと足をのばしたいと思っている。「本の话」(注、文艺春秋の书评
志)のエッセイのためにもであるが、同时に20歳ごろの感慨を现地に行って确かめたい
という気持ちも大きいからだ。「居酒屋みどりで」という诗にでてくるシャルルロワ。
何か面白いエッセイが书けそうな気がしてきた(注、このエッセイは「本の话」98年7
月号に「诗人ランボーに魅かれて」というタイトルで掲载)。
5月19日ー20日
人が死に他人がそれを记録する。何とも寂しい思いがしてくる。テレサのマンション
は没後3年が経ち、当时のたたずまいに加え、その後、家族などが荷物を、しかも大あ
わてで动かした、そのままなのだろう。でもその基本にはテレサの日常の生活の迹が厳
然として存在していたのである。 CD、小型のピアノ、好きだったのだろう、ひょう
皮のソファー、居间からテレサの部屋へ行くと一人用のベッド。窓际に置かれた机の上
には、ペン立て、辞书、诗集など。そしてパワーブックも置いてあった。その横にはス
テファン(注、テレサと同居していたフランス人)の部屋なのだろう、多くのレコード
があり、そのまた横の部屋には旅行かばんなども。バスルームの化粧品などもそのまま
にしてある。 テレサの単行本の中には诗集もあったが、中国政治についてのものもあ
った。天安门の影响はこうした形でも现れていたのだろう。
夕方からはアメリカ大使馆前でFDC(注、中国政府に対する反体制运动组织)フランス
会长の チェさんから话を闻く。天安门事件当时、武汉大学の学生。目の前で铳を乱射
された体験者。死の渊からの生还者ゆえの深い目をしている。彼からの取材でテレサに
ついての本の第1章は书ききることができそうだ(注、その後、构想はまったく変更し
た)。
さて、今朝(5・20)は、パリ北駅から电车に乗ってベルギーのシャルルロワへ。ラ
ンボーが诗の舞台にした土地だ。ナミュール(Namur)行きの列车。午前11时1分発でシ
ャルルロワへは12时52分着(シャルルロワ南駅)。シャルルビルメジェール(ランボー
の生地)─とパリで出ているガイドブックにはあるが、日本の文库本では堀口、小林本
(注。堀口大学、小林秀雄の新潮文库、岩波文库)ともにシャルルロワとなっている。
いったいどちらが本当なのだろうか(単纯な误読。生まれはシャルルヴィルだった)。
5月21日
もう帰国の日となってしまった。昨夜はシャルルロワからパリに着いたのが午後10时
前。通訳の小林さんに连れられて贝类の食べられる店へ。ホテルへ戻ったのが0时スギ
だったので、今朝はゆっくり。それでも11时前にcheck outして、シャンゼリゼ通りを
ゆっくりと歩き、アメリカ大使馆前の公园のベンチでこのノートを书いている。ベンチ
で新闻や本を読む人、ただボンヤリと座っている人、そしてカップル。緑に囲まれて、
ただただゆっくりと时间の流れにまかせる。优雅だなあ。取材は実质3日间。今日の空
き时间を入れて滞在4日。
この日记にはテレサ取材に触発され、テレビの仕事を続けることの是非をふくめて、
さまざまな思いを书いている。ただ、いまに到って考えることは、时が过ぎゆくことで
得ることができた成熟があるとすれば、その思いをテレサと约束した彼女の人生を真剣
胜负で书ききることだという単纯な结论だ。
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1F:推 aqwerty:我有冲动想学日文了..快来高手帮翻XD 08/24 00:45