作者CrystalDays (Endless World)
看板MISIA
标题[新闻]【ウクライナと学ぶ】平和を考え続ける M
时间Tue Jul 25 19:48:19 2023
https://www.kyobun.co.jp/news/20230714_06/
【ウクライナと学ぶ】平和を考え続ける MISIAさんの思い
平和について考え続けよう──。『Everything』『アイノカタチ』『明日へ』など、
世代を超えて爱される名曲の数々で知られる歌手のMISIAさんは、この1年ほど纷争で苦
しむウクライナの人々を支援するため募金やチャリティー活动に取り组んできた。その
根底にあるのは、平和への祈りだ。MISIAさんがウクライナの人々に寄り添い、子ども
たちに托した平和への思いを闻いた。
知らないふりをしてライブなんてできない
──ウクライナを支援するプロジェクトを立ち上げたのは、何がきっかけだったのでし
ょうか。
これまで一绪にライブをつくってきてくれたメンバーの一人に、ウクライナのダンサ
ーがいました。以前からずっと连络を取り合っていたのですが、ロシア军侵攻のニュー
スが飞び込んできたのは、ちょうど2日後に控えた名古屋でのライブの准备をしていた
ときでした。最初は「危なくなったら逃げるから大丈夫。何とか家族は避难させたい」
と话していたのですが、あっという间に身动きが取れなくなってしまいました。どうな
るのか本当に心配で、そういう気持ちを抱え込んで知らないふりをしてライブに临むな
んてできないと思いました。
いつも私は、聴いてくれる人に心から楽しんでもらいたいと思って音楽をしています
が、その幸せを突き诘めていくと、平和でないとそれは実现できないということに気付
かされました。
去年はちょうどデビューして25年という节目の年でした。これまで私がこうして自由
に歌い続けることができたのは、それを聴いてくれる人や曲をつくってくれる人、バン
ドメンバーをはじめいろんな人のおかげですが、何よりも私が今いる日常に戦争という
ものがなくて、平和の中で生きてこられたからこそではないか。世界中のみんなに、こ
んな素晴らしい时间を过ごしてほしいと思ったのです。
みんなの幸せを心から愿って歌っているのだから、今のこの状况に対してウクライナ
で苦しんでいる人々のためにみんなで平和を祈ろう。そして私たちができることをして
いこう。そう思って、ライブでも「花はどこへ行った」という反戦歌をカバーして歌い
ました。そして募金を呼び挂けたり、影絵作家の藤城清治さんや先日亡くなられたアー
トディレクターの信藤三雄さんら日本のアーティストの协力も得て、チャリティーTシ
ャツをつくったりしてきました。
私たちにとって本当に身近な仲间に、危机の中で苦しみ悲しんでいる人がいた。彼ら
の声を届けることが私たちのできることの一つだと思ったこと、そしてその根底にみん
なが幸せになってほしいという思いがあって、その延长线上にあった活动だったのだと
思います。そしてこのプロジェクトは私一人では决してできませんでした。
子どもが幸せであることこそ
──募金やチャリティーで集まった3000万円を、ウクライナの子どもたちやウクライナ
から日本に避难してきた人を支援する団体、ユニセフなどに赠ったのは何か理由がある
のでしょうか。
私の事务所にも、ウクライナ・キーウ出身のダンサーであるオレクシー・グザーさん
が所属しているのですが、集まったお金をどこに届けるかはオレクシーさんとそのパー
トナーが考え、私たちにその団体を绍介してくれました。彼らもまた、子どもたちや障
害のある人など社会の中で弱い立场にある人の支援が大事だと思っていたのです。
多くの人が幸せであるためのサポートとは何か。それを考えたときに、子どもが幸せ
かどうかがすごく大切だと思いました。なぜなら、子どもの状况を见ればその社会の大
人の状况もよく分かるからです。子どもが苦しんでいる社会というのは大人も苦しんで
いますし、子どもが饥えていれば大人も饥えているのです。逆に言えば、社会の中でも
弱い存在でもある子どもが幸せであるならば、きっと多くの人が幸せなはずです。そし
て子どもは私たちにとって未来そのものです。未来をより良くするためにも、子どもの
视点に立って子どものためにできることを模索していくことが、结果としていろいろな
人のサポートに目を向けることにつながると思いました。
长崎で育った私は子どもの顷から平和教育を受けてきましたし、祖父から戦争の话を
闻いたりして、今思えば平和について考える机会がとても多くありました。でもその中
で、自分の身に引き寄せて戦争を捉えることができたのは、自分と変わらないような子
どもが亡くなっているということを知ったときでした。それまでは戦争とは大人の问题
で、どこか远い世界、远い国の话だと思っていたのが、ぐっと身近なこととして考える
ようになりました。
だからきっと私の想像する平和のイメージって、子どもが安心して暮らしている世界
で、子どもたちが「こんなふうになりたいな」「明日はきっとこんないいことがあるか
な」と未来に希望を持ちながら生きていく姿なのですね。
考え、话を闻き、议论する力
──ウクライナで起きていることもまさに、日本の私たちはどこか远い国の出来事のよ
うに感じてしまいます。
以前アフリカの支援活动を通じて学んだことを『ハートのレオナ』という絵本にして
、それを基に大学生に讲演したことがあります。そのとき「远いアフリカのことを、ど
う身近な问题として捉えればいいですか?」と闻かれました。でも、アフリカは决して
远くないんですよ。例えば、ルイボスティーを饮んだことはありますか。あれは南アフ
リカでしかつくれないものです。十円玉を持っていますよね。十円玉の素材である铜の
多くはザンビアで采れたものです。たこ焼きは好きですか。日本で输入されるタコの7
割はアフリカ産です。そうやってアフリカがどれだけ日本とつながっているかを考える
と、こんなに近くにアフリカがあって私たちが助け合って生きていることに気付かされ
ます。そしてその助け合いが持続可能なものになっているかどうかを考えることは、决
して远い国の话ではないですよね。
この前たまたま、フィンランドで行われている「现象ベース学习」の本を読みました
。例えば数学でも、実际に社会の中にあるものを题材にした计算问题に取り组むといっ
たように、今の世界で起きていることを教材にして学んでいくという考え方のことです
が、自分が生きている社会とその外にある世界がどう结び付いているのかを感じながら
学ぶと、ただの勉强とは全然违うと思うんです。
これは平和について学ぶときと似ているなと思いました。私は、纷争と环境问题や贫
困问题などはどこかでつながっていると考えています。环境问题や贫困问题が解决でき
たら、もしかしたら纷争もなくなるのではないかとさえ思います。
どうしたら武力を用いずに问题を解决できるのか。一つは私たち一人一人が考える力
を持つことが大切です。そして、それと同じくらい人の话に耳を倾ける力を持つ。その
上で、けんかではなく议论できる人になることです。
社会や学校にはいろいろな人がいます。その人たちの考え方に触れながらインクルー
シブな环境で一绪に暮らしていく。そうした中で子どもたちが学べれば、子どもたちは
いろんなことを感じて、きっと平和というのは多様な生き方や考え方、人々を受け入れ
て共に楽しく生きていくことなんだと学んでくれる。そうなれば、より良い未来につな
がるんじゃないでしょうか。それを学べる社会や学校は大きな可能性のある场所だと思
います。
──そういう意味では、音楽もまたいろいろな人が共感でつながることができるツール
なのではないでしょうか。
アフリカに行くと、サッカーと音楽は「共通言语」になっていて、言叶は分からなく
てもそこで歌われている歌をまねすると、子どもたちが寄ってきてすぐに仲良くなれま
す。一绪のリズムを刻むだけでも喜びを分かち合うことができます。音楽をはじめとす
るエンターテインメントによって、私たちはお互いを分かり合うきっかけを见いだせる
のかもしれません。
インターネットが発达して世界はより近くなり、翻訳ツールなども登场して言语の壁
もなくなりつつありますが、言叶以外の共通言语となるものを体得しておくと、すごく
豊かにコミュニケーションを取ることができます。つい戦争の话や贫困、环境问题につ
いて私たちは难しく议论してしまいますが、根本的には人がより幸せになることを语り
合いたいのです。そういう心の部分にエンターテインメントはダイレクトに响くので、
対话のための大きな一歩になります。だからこそ私たち表现者は、その力が悪用されな
いように、谁かを伤つけないように気を付けなければならないとも言えますね。
いろんな场で学び、考え続けよう
──日本も间もなく终戦から80年を迎えます。どのように平和の大切さを伝えていくか
が课题になっています。
平和教育を受けてきて感じたのは、伝え続けることの大切さです。どうしても记忆や
体験は时间と共に薄れていきますが、それを记録して何世代も语り継いでいく。それが
しっかり形になっているのは、すごいことだと思うのです。
长崎の原爆の爆心地から500公尺の场所にある城山小学校では、どの子どもたちもそ
の小学校を访れた人に原爆のことを説明できるそうです。そういうカリキュラムもしっ
かり整っていて、実际に私もその小学校を访れて子どもたちと话をしました。
そこで私は「戦争と平和って何だと思う?」と、ちょっと漠然とした难しい质问をし
たんです。するとみんな口々にちゃんと自分の考えを语ってくれました。中でも印象的
だったのは「平和っていうのは自由に笑ったり怒ったりできること、戦争はできなくな
ること」という答えで、的确だなとはっとさせられました。こんな难しいことを自分の
言叶に落とし込めるのは、すごいなと惊きました。
学校が百点満点である必要があるのかというと、よく分かりません。私自身も学校以
外のところで先生以外の人から学んだことはたくさんあります。家族や友达、近所の人
、习い事、あるいは旅先であったり、街中で叱られたり、そういうことも含めて学びだ
と思うのです。子どもたちにとって、学校だけじゃなくて、いろいろなところで学びが
ある世界こそ素晴らしい。そして、先生もまた子どもと一绪にいろんな学びを楽しんで
ほしい。そうすれば学校もきっと、もっと楽しい场となるでしょう。
もしも平和に明确な答えがあったなら、とっくに世界平和は実现しているはずですが
、现実はそうではない。だから私たちはこれからも平和について考え続けなければいけ
ないのです。それが分かることだけでも、きっと大きな学びなのではないか。私はそう
思います。
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