作者CrystalDays (Endless World)
看板MISIA
标题[新闻]「咲き続けてほしい 平和の花」 ~ウク
时间Tue Aug 9 06:09:30 2022
https://tinyurl.com/3c67eku6
「咲き続けてほしい 平和の花」 ~ウクライナ侵攻下 MISIAが歌う祈り
「平和の花を育て、咲き続けてほしい」
~ウクライナ侵攻のなかMISIAさんが歌に込めた祈りとは~
ウクライナ侵攻を目の当たりにして
━今回のウクライナの侵攻について、MISIAさんご自身はどのように感じてらっしゃい
ますか?
やっぱり悲しいですね。私自身ライブのステージでウクライナの方にダンサーとして踊
っていただいたこともあって、その後も交流が続いておりまして、その方を通じてその
时に一绪に踊ったウクライナの方の话も闻いていたので、一人は国外に行かれたみたい
ですけど、まだお一人は国内にいらっしゃるという话を闻いたり、ご家族が逃げている
と话を闻いたりするとすごく胸が苦しいですね。まだ続いている事を知るたびに辛いで
す。とにかく武力ではなくて话し合いで解决することをしてほしい。今すぐにでもやめ
てほしい、それだけです。
アフリカ支援を通じて学んだ“互いを知る”大切さ
━アフリカへの社会贡献活动を続けていらっしゃいますけれども、そういった経験を踏
まえて、今回の侵攻をどういうふうにご覧なってますか?
アフリカでの子どもたちの教育支援と、今回のこの侵攻のお话は并べて语れる话ではな
いと思いますので、一概に比较してこうだってことは申し上げられないですけれども、
私がアフリカの视察の中で纷争という视点で学んだことがあります。ザンビア共和国と
いうのは内陆国で、复数の国に囲まれているんですね。それぞれの国でいろんな内乱が
起これば难民の方がやって来てっていうのがもうずっと何十年も続いているような国な
んですね。印象的だったのは难民キャンプに学校があるんですが、その学校にいろいろ
な国からの子どもたちが、难民の子が学校に通って、そして地元の、ザンビアの子供も
通ってるんです。一绪にみんなで学んでるんですね。そこで学校の先生と子どもたちが
1つの、必ずみんなで言う歌のようような形で、「私たちがここにいるのは喧哗をする
ためではありません。私たちは互いのことを知り、仲良くするためにここにいるんです
。」みんなでやりながら学んでいる姿というのは、すごく平和のヒントがあると思った
んです。今ウクライナの人たちもいろんな所に避难をして、子どもたちも今までとは违
う中で教育を受け、または受けづらい状况にある子もいると思うんですけれども、なん
とか他の国に行った时にも、何か未来につながる平和の构筑っていうものをお互いにし
て、早くこの戦争、この戦いが终わって、またウクライナに戻ったときに今まで以上に
世界中の人たちと平和をつなげていけるような関系が、今悲しいことがいっぱい起こっ
ているんですけれども、少しでも未来へと何か歩みを进めていけないかなと思います。
「花はどこへいった」に込めた思い・・・
━今回のツアー中、アンコールで「花はどこへ行った」という曲を歌われてるわけです
けれども、これなぜこの歌をアンコールで歌おうと思われたんですか?
私たちは皆さんが音楽で元気になってほしい。そして幸せになってほしいという愿いを
込めて音楽をやってるわけなんですけれども、人の幸せのためにはやはり平和が根底に
ないとそれは実现できないって思うんですね。なので、私たちがやはり平和を愿うとい
うのは理由はないというか、もう当たり前のことだと私は思うんですけれども、その平
和を愿い歌いたいって思った时にどんな歌がいいかって最初に浮かんできたのが、「花
はどこへ行った」という歌だったんです。 「花はどこへいった」は、今から70年前
に作って、そして1960年代のベトナム戦争の时に反戦歌として歌われています。元
々は3番までしかなかったんですけれども、4番と5番が付け加えられて1番の词に戻
るという、同じこと缲り返しているというメッセージになって今まで来ているんです。
歌词の内容も「ずっとこの争いの悲しみは続いています」という意味があって、いつに
なったら人はこの愚かさと悲しみに気付くのでしょうか、ということを语りかけている
歌なんです。だからこの歌をまたこうして歌うとはとても悲しいことなんですけれども
、やはり「同じことをやってるよ」、「私たちはいいかげんに気付かなきゃいけない」
と、今伝えるべき歌じゃないかなと思って歌っています。
「争いのあとに残されるものは 悲しみだけ」
━今回、MISIAさんがさらに歌词を付け加えられ、「争いのあとに残されるものはいつ
の时代も悲しみだけ」という、なぜ今回つけて歌おうというふうに思われたんですか?
私は长崎県で生まれて、长崎県で平和教育というものを受けてきたんですけれども、子
どもの顷からどうしてこの纷争はなくならないのかと、歴史を学んだり、资料馆に行っ
たりしてきました。そこで伝えられていることは、纷争というのは、戦って胜った国で
も负けた国でも大切な人をなくしてしまったっていう悲しみだけなんですよね。悲しみ
しか残ってないんですよね。私たちの心の深いところで気付いていかないといけないと
思います。そのことをやっぱり歌词に入れたいと思ったんです。
━MISIAさんが、言叶にし続けたいとライブでもおっしゃっていましたが、どんな思い
がそこに込められていたんでしょうか。
1つはやはり私たちはみんなの幸せを愿って、ミュージシャンは歌い、演奏しています
ので、それを愿い、言叶にして歌にするということは当たり前のことだと思います。武
力ではなくて话し合いで解决してほしいと愿っている私たちが、言叶を信じないでどう
するのかと思うんですよね。言叶に発して、歌にして思いを共有して、お互いが思って
ること、考えてること、知恵を出し合って、今どうやったらこの状况を乗り越えていけ
るのかっていうことを言叶にしていこうよって。武力ではないこと、话し合いで解决を
求めていくことを愿っているからこそ、言叶にして、歌にして、そして歌は祈りですか
ら、平和を祈って私は歌っています。
いまできること
~意识することが知识につながる
━别の取材でインタビューに答えてくれた若い人たちが、何をしたらいいんだろうと迷
ってる方もいらっしゃったんですね。今のこの状况に対して何かすることがあるとする
ならば、どういうことをしていけばいいのでしょうか?
多分それぞれにできることは违うんでしょうね。私が歌に愿いを托すように、医疗に携
わる方は戦地で医疗を届けてらっしゃる方もいらっしゃいますし、避难する人をサポー
トする人もいらっしゃいます。
本当に皆さんが、それぞれ自分にできることを见つけて、こっちの方が平和につながる
んじゃないかということを选択なさっているので、その1つ1つを私たちは信じて、自
分のできることをやっていくことが、それが谛めないってことなのかもしれませんね。
━何か、どこか远い国のところで起きている出来事だと思ってしまうこともあるかもし
れませんが、もしかしたら何かできるかもしれないとか、そこに思いをはせることがで
きるかもしれないと。
うーん。私たちの身近な部分と世界というのはつながってるってことはいろんな方に実
感してほしいですよね。手に触ってる触れてるものも、食べているものも、いろんなこ
とがつながってるっていうことを知ってほしいですよね。そのためにもいろんな情报に
アクセスして、いろんな视点からのお话を闻いてっていう学びっていうものをしてほし
い。意识と知识っていうのは絶対につながっていて、自分たちが意识をすれば自分が欲
しい知识というものは、自然と集まってくると思うんですよね。私自身もそうです。こ
うして祈りを、歌を歌い続けてるということは、この意识をみんなで持ち続けるという
ことですから、谛めてはいけないなと思います。
花のように平和を育てていく
━难しい质问かもしれませんが、こうした争いがなぜ起きてしまったとお感じですか。
ウクライナの方と私たちも知り合って、いろいろな国で起こってることを闻いていまし
たけれど、もっと前からいろいろありますよね。それを私たちは知らなかっただけかも
しれません。ウクライナ以外の场所でも、世界でまだ纷争が続いている所、アフリカも
そうですし、内戦が起こっている所は、たくさんあって、そのこと知らない方がとても
多いということなのかもしれません。私自身も全てを知れているわけではないので大き
なことは言えませんけれども、でも私たちはまだまだ知らないなということは思います
ね。
━そういう意味ではなぜ平和なのかっていうことを知らなかったら、知る必要もあるし
、知らなければいけないですよね。
多分平和は、ここにこうあるものではなくて、育てていくものだと思うんですよね。花
のように。摘み取ってしまったら枯れてしまうから、そこにずっと咲き続けてくれるよ
うに、育てていかなければいけないと思いますね。だから常に情报を更新して、自分は
こっちを选んだ方がいいんじゃないかってことをみんなで学びあって选択するってこと
が必要なんじゃないでしょうか。
いつか歌いたいフレーズ
━「花はどこへいった」という曲に词が书き加えられることが、世界のどこかで戦争が
続いていて、悲しみでもあるということだと思いますが、一方で、今後、世界が変わっ
ていく曲でもあるということなのでしょうか?
こういう争いがない时も平和を愿う歌というのはこれまでも歌ってきました。だから一
番いいのは、争いがない时に平和を愿ってみんなで歌うことが一番ですけども、だから
このような形でこの歌を歌わなきゃいけないっていうのはやっぱり悲しいことですね。
一番いいのは、私はこの歌が「花はもう摘み取られなくなりました。花畑の上で恋人た
ちは笑い合うのです」っていう歌词がいつか书き加えられるっていうのが一番、この歌
の辿りつくべき场所だと思います。
◎MISIA(ミーシャ・歌手)
1998年デビュー。数多くのヒット曲を持つ国民的歌手。社会贡献活动にも积极的で、そ
の功绩から国际会议の大使なども歴任(COP10 / TICAD Ⅴ / TICAD 7 )。自らも主
体となって财団を设立し、长年にわたってアフリカの教育やサポートが必要な子どもの
支援などを続けている。2023年にはデビュー25周年を迎える。
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