作者takaai (asdg)
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标题[情报] 歌舞伎の中村勘三郎さんが死去
时间Wed Dec 5 08:57:18 2012
12月5日 7时51分
歌舞伎界きっての人気俳优の一人で、テレビなどでも活跃した中村勘三郎さんが、5日
午前2时33分、急性呼吸穷迫症候群のため、东京都内の病院で亡くなりました。
57歳でした。
中村勘三郎さんは、昭和30年に东京で生まれ、昭和34年、3歳で五代目中村勘九郎
を袭名して、「昔噺桃太郎」の桃太郎役で初舞台を踏みました。
立役から女方までまでさまざまな役柄を器用にこなし、歌舞伎界きっての人気俳优の一
人となりました。
「元禄忠臣蔵」や「髪结新三」、それに勇壮な狮子の舞を表现する「镜狮子」などの演
技で高い评価を得ました。
また、歌舞伎の魅力を幅広い世代に伝える活动にも力を入れました。
平成6年から、东京・渋谷の剧场で、古典歌舞伎の演目を再构成した「コクーン歌舞伎
」を上演したほか、平成12年には、江戸时代末期に浅草にあった芝居小屋を「平成中
村座」として复活させました。
その4年後の平成16年、アメリカのニューヨークでも平成中村座の公演を実现させる
など、海外での歌舞伎文化の浸透にも贡献しました。
そして平成17年、3歳から名乗ってきた中村勘九郎を改め、人间国宝だった父亲のあ
とを継いで江戸时代から続く大名迹中村勘三郎を袭名しました。
その後も、オペラの杰作「アイーダ」を基にした新作歌舞伎や、音楽にのせて早口で语
る「ラップミュージック」を古典歌舞伎に取り入れたざん新な舞台に挑戦するなど、古
典と新作の両方を巧みに演じ、常に歌舞伎界に新しい风を吹きこんできました。
また歌舞伎だけでなく、テレビのドラマやバラエティー番组、それにトーク番组やコマ
ーシャルなどにも数多く出演し亲しまれました。
このうち、平成11年にNHKで放送された大河ドラマ「元禄缭乱(りょうらん)」で
は、主人公の大石内蔵助を演じたほか、その年の大みそかの红白歌合戦では白组の司会
も务めました。
しかし、ここ数年は体调不良に悩まされていました。
おととし12月に突発性の难聴と诊断され、休养したあと、去年9月から本格的に舞台
に复帰したものの、ことし6月には、初期の食道がんが见つかりました。
勘三郎さんは食道がんが见つかった际、「新たに与えられたこの试练に立ち向かい复帰
に向けて治疗に専念いたします!一日でも早く元気な姿をお见せできるように!」とコ
メントしていました。
しかし、その後、肺も患い、来年4月に开场が予定されている新しい歌舞伎座での舞台
复帰を目指していましたが、5日午前2时33分、入院先の病院で亡くなったというこ
とです。
家族がコメント“无念のうちに永眠”
中村勘三郎さんの妻の波野好江さんと、长男の中村勘九郎さん、それに次男の七之助さ
んは、勘三郎さんの死去を受けてコメントを発表しました。
この中で、「中村勘三郎は7月27日、患った食道がんの手术をしていただきました。
12时间に及ぶ大手术となりましたが、手术は成功し、术後経过も顺调で病栋内を歩く
ほどに回复しました。しかし、経过中に肺炎を発症し、その後、肺炎による呼吸不全が
进行するという事态に陥りました。この肺炎による呼吸不全は思いのほか重症であり、
呼吸不全に対する専门的な治疗を行える病院へと2度にわたり転院をし、考えうる最高
の治疗をしていただきました」と治疗の経过を振り返りました。
そのうえで、「本人も病気に立ち向かい、手术から约4か月に及ぶ闘病が続きました。
その间、来年4月の歌舞伎座こけら落としに出演することを心のよりどころとし、顽张
って参りました。医疗スタッフの方々も悬命の治疗をなさってくださいました。けれど
もついに回复することはかなわず、无念のうちに本日12月5日午前2时33分、永眠
致しました。生前、中村勘三郎を长くごひいきいただいたことを心より感谢いたします
」とファンに対する感谢の念で缔めくくっています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121205/t10013961661000.html
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