作者darklight36 (回去谈何容易)
看板Carps
标题广岛市民球场
时间Mon Jul 21 23:09:19 2008
偶然看到棒球版提到广岛新球场的兴建
让小弟想到今年交流战中看到的一篇文章
虽然是北海道新闻的专栏,不过小弟觉得可以跟广岛球迷的各位一同分享
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http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/fs_fight/32336.html?_nva=10
姿消す広岛市民球场 白球に托した梦の大きさ <えのきど いちろう>
今年の交流戦は思いきって広岛へ出かけた。ラストイヤーの広岛市民球场を见ておきた
かったのだ。プロ野球のホーム球団は、もう姿を消してしまった平和台球场や大阪球场
、西宫球场も含め、けっこう见に行ってるつもりだけど、広岛市民球场はセ・リーグの
球场でもあり、なかなか机会がなかった。
通路を抜けて、ほの暗いナイター照明のなか、ダルビッシュが投げてる姿を见たときは
、感激で足が震えた。圧倒的なリアリティーだ。野球の匂(にお)いがぷんぷんする。
単にフィールドが近いだけとも违う。球场レイアウトが昔、よく见知っていた「昭和」
のプロ野球だ。仆はシカゴのリグレー・フィールドを连想した。タイムマシンに乗って
、昔の野球を见に来たような错覚に陥る。
ルクスの低い、ほの暗いナイター照明は、何故か光景をセピア色に见せる。それは「プ
ロ野球の歴史のなかにダルビッシュが立っている」という実感をもたらす。対広岛3回
戦・ダルビッシュの快速球も、翌4回戦・多田野の超スローボールも、あの浓密な野球
空间のただ中で见られたことは格别だった。
カープは爱されていた。「エースと4番が流出したシーズン」も客足が落ちない。広岛
駅から市电・広岛电鉄に乗ると、市民球场は「原爆ドーム前」下车である。思えば市民
球场こそ、広岛の街の戦後复兴のシンボルだったのだ。原爆で壊灭的な打撃を受けた街
を勇気づける意味で、戦後、カープ球団は设立されている。仆は人々が白球に托した梦
の大きさを思う。その重さを思う。広岛市民球场はずっとその梦を受けとめてきた。
広陵高出身の御当地选手、稲田直人の活跃もうれしい出来事だった。この球场には「野
球の原点」がある。仆のような一観客が感じるのだから、稲田の胸中は推して知るべし
だ。
ファイターズは惜しいところで「交流戦连覇」を逃し、23日现在、首位西武に1ゲー
ム差。星勘定で言えば、交流戦前は5ゲーム差あったのだから、文句ない好位置だ。
だけど、そんなことより「地方球団の先辈」の白球の梦ってやつに、ヤングファイター
ズが触れることができた。胜ち负けをこえて素晴らしいことじゃないかと思う。
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※ 发信站: 批踢踢实业坊(ptt.cc)
◆ From: 59.117.68.39
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